大判例

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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)12319号 判決

原告

○○○○

代理人

山本政敏

被告

××××

代理人

太田常雄

外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告は原告に対し、金三七八、二〇〇円を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。との判決および一項について仮執行の宣言を求める。

第二、請求の趣旨に対する被告の答弁主文同旨の判決を求める。

第三、請求の原因

一、昭和四二年七月一日午後東京都中野区立多田小学校体育館において、PTA会員が九人制バレーボールの練習中、前衛ライトの位置にいた被告が打球直後転倒し、反対側コートの前衛レフトの位置にいた原告の右足膝部に衝突した(以下本件事故という。)。

右練習中被告はセミタイトスカートを着用し、他の会員はズポンを着用していた。

二、右衝突は被告の頭部が原告の右足膝部に激突したものであつて、原告は瞬間失神状態に陥り、右足膝内傷の傷害を受け、右受傷のため原告は、いまだに通院治療および機能回復訓練を続けているが、現在に至るも正座が不可能であり、右足膝関節屈折不能の後遺症については完治の見込は全くたたない。

三、右原告の受傷は、つぎのとおり被告の過失により発生したものである。すなわち、

1  本件事故はPTA体育部主催のバレーボールの練習中に発生したもので、それはリクリエーション・スポーツというよりも競技スポーツというべき動きの激しい運動であり、競技に参加するにはそれに相応しい衣服を着用しなければならないものである。バレーボール競技は狭いコートで数人の競技者が同時に一個のボールを追いながら走行するのは常態であるから、一人の転倒は不側の事態を惹起する危険性がある。したがつて、競技に参加する者は、足の動きが自由なショートパンツ或はズボン等を着用する義務がある。右着衣については、指導教師が掲示および口頭で具体的な注意や指導をしていた。

2  しかるに被告は、右義務を怠り漫然セミタイトスカートを着用したまま競技に参加したため、飛来球を走行しながら打球した際、足の自由をスカートに奪われ、はずみのついたまま中央ネットの下を反対側コートに突進して原告に激突したのである。

3  しかも被告はさして巧くはない技倆であるから、ジヤンプすることのない前衛以外の位置につくべきであるのに、本来のポジションとは異り高度の技倆が必要とされる前衛という位置についた。

四  原告は受傷によりつぎのとおり損害を受けた。

1  加療等に要した費用金一八、二〇〇円

(一) 西谷医院治療期間昭和四二年七月一日から同年七月一三日まで一三日間。治療実日数三日。治療費金一、八七五円。

(二) 佼生病院治療期間昭和四二年七月二〇日から昭和四三年三月二八日まで二五三日間。治療実日数四三日。治療費金一三、二六〇円。

(三) 三輪接骨院治療期間昭和四三年四月一五日から同年七月二二日まで九九日間。治療実日数一六日。治療費金三、一〇〇円。

2  慰藉料 金三〇〇、〇〇〇円

原告の精神的ならびに肉体的苦痛は筆舌に尽せない。

3  弁護士費用金六〇、〇〇〇円

原告は、被告が治療費その他の支払いに応じないので止むく本訴の提起遂行を山本政敏弁護士に委任し、その際着手金二〇、〇〇〇円を支払い、なお勝訴の場合には報酬四〇、〇〇〇円を支払うべき旨約した。

五、よつて原告は被告に対し、不法行為による損害賠償として四の合計金三七八、二〇〇円の支払を求める。

第四、請求原因に対する被告の答弁

一、請求原因一の事実は認める。

二、同二の事実中衝突の態様は否認し、その余は不知。衝突は、原告の右足膝附近に被告の頭部が接触した程度である。

三、同三の事実は否認する。すなわち、

1  本件事故発生当時の練習は、体育部員に限定しないで親睦とリクリエーションを本旨としてPTA一般会員が参加するもので、これに参加する際の服装上の規制はなく各人の自由に任せられていた。しかも被告が参加したのは、自由練習の時である。当日被告以外の参加者がズボンを着用していたのは、七月三日の学年別対抗バレーボール大会を控えていたことから、被告が参加する前の午後二時から午後四時まで体育部主催の練習が行なわれたため、たまたま全員がズボンを着用していたのであつて服装上の規制があつたからではない。

2  被告がセミタイトスカートを着用していたのは、PTA会員が平常バレーボールに参加する場合の服装と特に異るものではない。

本件事故は、被告が打球した拍子に重心を失つて前のめりとなり、二、三歩よろめいて転倒して原告と接触したもので、被告がセミタイトスカートを着用していたのが原因ではなく、どんな軽易単純なスポーツでも発生する可能性があるものである。

従つて被告の右転倒は、バレーボールのプレー参加者に当然予測されている危険であつて、参加者はその危険を受忍することに同意しているというべきであり、スポーツの使命ないし存在意義から正当行為として違法性を欠くものと解すべきである。

そして被告には社会的に許容されない程度のルール違反もなく、かつ故意又は重大な過失は勿論何らの過失もない。

よつて原告の請求は失当である。

第五、証拠〈略〉

理由

一請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、本件事故により、原告は右膝関節捻挫兼十字靱帯損傷の傷害を受け、被告もまた右頸部挫傷の傷害を受けたことを認めることができる。

二本件事故に至る経過

〈証拠〉によれば、つぎの事実を認めることができる。

昭和四二年六月二四日多田小学校において、PTA体育部主催による一般会員(母親)参加の学内学年別対抗九人制バレーボール大会が挙行され、勝残つたものによる次回競技大会は同年七月三日と決定された。

そこで次回競技にそなえ、勝残り組母親の希望者達による自主的な練習が、同年七月一日午後二時ごろから同四時ごろまで行なわれ、原告は右練習に参加した。

同小学校PTA会員の参加するバレーボールの競技・練習は、技倆未熟なものの参加も自由で、同校教員が技術的な指導に当つてはいたものの、対外的な試合の場合を除いて、参加する者の服装については規制することなく各自の自由に任され、活動的なところからズボン、タイツ、ブルーマス等を着用する者が多かつたけれども、スカートを着用して参加する者もあり、指導教員その他の者からスカート着用を禁止し又は差控えるべき旨の注意は口頭にしろ掲示にしろ一切なかつた。指導教員は、スカート着用が好ましいものではなくむしろ危険を伴うものであることを感じてはいたが、母親達に対する遠慮から注意したことがなく、また事故当日の練習には立会つていなかつた。

被告は、練習当日外出中のため予定の練習には参加できなかつた。しかし練習後の話合に参加するつもりで、帰途体育館に立寄つたところ、予定の練習は終了していたが、引続きコート内に所定の人数が残り乱打して練習をしていた。しばらくして一方の前衛ライトのポジションに欠員ができたので、被告は外出着のまま(もつともセミタイトスカートのほかは他の練習者と特に異ならない服装)ではあつたが、反対コートの向き合つた位置(前衛レフト)にいた原告に挨拶して練習に加わつた。そのとき被告がスカートを着用していることについて注意するものは誰一人いなかつた。被告は前衛の経験がないわけではなかつたが、不得手であつた。

そのようにして練習するうち、反対コートからの飛球をスパイク(ジャンプして片手で打つこと。)しようとした被告が、後退しながらジャンプし、気負い込んで強打した拍子に重心を失つてよろめき、二、三歩足早にのめつて相手方コートで転倒し、自己の頸部を原告の右足膝部に衝突させた。原告はその場に転倒して一時失神し、前示の傷害を受けた。

以上の認定を左右する足る証拠はない。

三一般に、スポーツの競技中に生じた加害行為については、それがそのスポーツのルールに著しく反することがなく、かつ通常予測され許容された動作に起因するものであるときは、そのスポーツの競技に参加した者全員がその危険を予め受忍し加害行為を承諾しているものと解するのが相当であり、このような場合加害者の行為は違法性を阻却するものというべきである。

四本件についてこれを見ると、被告が練習に参加するに際し、セミタイトスカートを着用していたことは、九人制バレーボールの練習に加わる服装としては不適切であり(転倒して自己が受傷する危険が大きい。)、本件事故の転倒もそれが原因ではないと断定できないのであるが、前に認定のとおり右服装は練習で許容されているものであり(しかも右練習に参加した者は被告の服装に、黙示の承諾を与えている。)、被告が前衛を不得手としていたとはいえ、飛球をスパイクしたずみで転倒することは予測される動作ということができるから、被告の行為は違法性を阻却するものといわなければならない。

原告は被告の過失を強調するが、スポーツが許容された行動範囲で行なわれる限り、スポーツの特殊性(自他共に多少の危険が伴うこと等。)から離れて過失の有無を論ずるのは適切でない。本件の場合被告にはスポーツによる不法行為を構成するような過失はなかつたともいいうる。

五よつて、原告の請求はその余を判断するまでもなく失当であるからこれを棄却し、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。(堀口武彦)

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